ケーキをペロペロする奴は大体友達

ケーキのフィルムをペロペロする奴は大体友達

ノーインターネットノーライフ 言うてますけど

***を買ったお話 ~女だって○○経験したいんです~

時代に逆行してる
危ない
何で今更そんなことするの

等々、批判の声が上がるのを恐れずに告白いたします


実は先日…***を買いました。

あ、自己紹介が遅れました、みつまりです。 

 

偏見

え・・・※※って男が好むものでしょ?

なんて声も聞きます。

 

確かにそうかも知れない

でも時代は変わって来てるいるのです

女だって※※に興味持っていたって不思議じゃない、男も女も同じ人間だもの、そういう欲求があったってなにも恥じる事は無い。

 

私はそう思っています。

 

とは言え※※は初めての経験
「自己責任」の四文字が頭をよぎります

自分でもしっかりと知識を備えておかなければ

 

ネットで調べて知ったのですが
※※経験談って意外と出てくるんですね

あまりにも安いのは危険だとか、中には凄くハマって全財産をつぎ込んでいる人とか。

 

下調べをしっかりした結果、安心安全を考慮して歴史のあるお店を選択。

店内は、それぞれの外見にキャリアやスペックが記されていて好きなタイプを選ぶシステム

お店に入る前は半分冷やかしのつもりだったのに、お店の雰囲気も手伝ってかふと目に止まった***に思わず一目惚れ

 

お金を支払う決意をしました。

 

会話

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あの・・・こういうの初めてなのでどうすればいいか分からなくて
「ああ、そうおっしゃる方が多いです、大丈夫ですよ。」

え・・と、触ってみても良いですか?
「どうぞ」

あ、意外と太いんですね・・・。
「しっかり握ってみてください」

あっ、大きい・・・。
「はは、まだ小さい方ですよ(笑)」

跨っても良いですか?
「どうぞ」

あっ、すごいやっぱり大きいです
「中にはもっと大きいのをお望みの方もいらっしゃいます」

でも意外とフィットしてる気がします・・・。
「そうですか、それは相性が良いのかも知れませんね」

ああ、すごくいいかも・・・
「ああ、それは良かった、一度この良さを知ったらやめられないと仰る方もいます。僕はそれでこの世界に入ったんです。」
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真実

というやり取りがありまして・・・

えーと、バイクを買いました。

50ccなんですけど、スクーターでもセミオートマでもない
初めてのミッションバイクです50ccですけど。

車は昔からミッションが好きでMT乗りの人には良く運転させてもらっているのですが、MTバイクは初めて。16歳位の時に、友人にモンキーを少し触らせてもらって以来です。

 

まだ乗ってもないバイクについて語るコーナー

購入にあたって色々と調べていて驚いたのですが

現在のバイク売上台数は、1980年代のピーク時に比べてなんと9割も減少しているそうです。

9割減って凄い数字ですよ

もう絶滅間近、そりゃ通りであまり見かけない訳だ

 

そこへ追い打ちをかけるように排気ガス規制がかかったため、昔はスタンダードモデルだった250cc~400ccバイクまでが生産終了している模様、まじか。

中でも50ccMTバイクは今年の夏に王道モンキーが生産終了したことで、恐らく国産は全て終了(ですよね?違っていたらすみません)

 

よって、50ccMTの新車にプレ値がつき始めているのが現在のバイク市場らしいです。
モンキーの新車なんかは盗難に遭う確率がとても高いとか・・・。

 

という諸般の事情により新車は手が出ないので、もう少しマイナーな中古車に絞ってバイク屋さんを何件か巡り、バイク屋のお兄さんに色々と教えてもらったところ

50ccはそもそもお金の無いすごく若い世代の子が乗っていたものが多い為、メンテナンスを怠ったまま使用していて市場に出る頃にはボロボロの物が殆どだそうです。

50ccバイクには車検も車庫も必要無い為、状態の良いものや昔人気の高かったものは一度手に入れたら手放さない人も多いとか。

アメリカンのjazzやMagnaも探しましたが、自宅付近のバイク店には整備前のMagnaが1台あるのみでした。

 

お披露目のコーナー

そして、最終的に購入に至ったのがこちら

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ヤマハ「YB-1 Four」でございます

2000年生産モデル(2007年生産終了)空冷4スト4速リターン式

 

さいごに

表題に関しまして

***を買ったお話~女だって※※経験したいんです~」を
オトコ(またはホスト)を買ったお話~女だって風俗経験したいんです~」

だと思って読んでいたそこの貴方!
なんていないと思いますが、相変わらずのがっかりド下ネタ記事で大変失礼いたしました。


以上、女だってバイクを買うし、MT車に乗りたいんだぜ!!!
っていう記事でした。

 


さあ、どこへ行こうかな。

かっこ良い歴史的名称 ~世界史後編~

 前編を書いた時からどれくらいの時を経たでしょうか、こんばんは。今日も相変わらずカメノセタロウです。

cake-peropero.hatenablog.com

 学校の歴史の時間や、その他雑学的に知った世界史の歴史的名称。今回は、個人的にカッコ良いと思うベスト5を解説とともにお届けしたいと思います。

5位

 アレクサンダー大王 (人名 紀元前4世紀)

「大王」と名の付く者の中で、幼い頃におそらく最初に目にするザ・大王ことアレキサンダー大王。アレクサンドロスアレキサンダーなどの表記も見られますが、今の教科書ではどのように書かれておるのでしょうか。いずれの表記でもカッコ良いのが憎いところ。

名前としてのカッコ良さは、前半部分の「アレク」に漂うスマートさ、切れ味の良さと、後半の電を連想させる「サンダー」の相乗効果により鮮烈な印象を帯びております。そして、最後に構える「大王」。小手先無用のカッコ良さであります。ちなみに、英語では「Alexander the Great」でございます。グレイトでございます。

 

ちなみに、歴史上の彼は比類なき戦争狂で、マケドニア王であった父を暗殺で失うと、後継者の争いに打ち勝ち、ギリシアに覇権を打ち立て、再び故郷に帰ることのない遠征へと出かけました。時に、アレクサンダー、22歳。

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右青丸で囲っているのが、即位するや否や戦争狂アレクサンダー(左赤丸)に6年付きまとわれ死亡した被害者ダレイオス三世さん

その後、エジプトを征服しファラオになり、各地に自分の名前を付けた都市・アレキサンドリアを作り、現在のイラク・イランへ向かいペルシャ王国を打ち破り、「まだこの先にも国があるから、戦争しちゃおうぜ」的にインドへ攻め込んだあたりで部下や兵隊たちが「もう無理、マケドニア出発してから何年経っとんねん。思えば遠くへ来たもんだって言うか遠くへきすぎやろ。21世紀で言うたらギリシャを出発して、トルコ、シリア、レバノンイスラエルパレスチナ、エジプト、イラク、イラン、パキスタン、インドを征服してまんねんで。山に登り、水の無い砂漠を行進し、大河を渡り、もうええでっしゃろ。そろそろ故郷へ帰りましょうぜ」と集団ストライキ。これには敵には無敵のアレクサンダーもお手上げ。「分かったよ、分かったよ。ほなインドから撤退して帰るで。けど、帰り道も未征服の土地を征服しながらやで」と渋々同意するも、落胆が激しかったのか、現在のイラクあたりに帰ってきたところでぽっくりと亡くなりました。時に32歳。22歳でマケドニアを出発して10年後の事でした。

戦争狂の彼ですが、某宗教もびっくりなギリシャ人・ペルシャ合同結婚式など、ギリシャのヒト・文化を当方へもたらし、東方の文化と攪拌し、世界史へ大きな痕跡を残しました。

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赤丸地のマケドニアを出発して、10年間ひたすら戦争してました。

 ちなみに、かの有名なエジプトの女王クレオパトラはこの大王の300年後の人物ですが、彼女がギリシャ系なのも、アレクサンダー大王がエジプトを征服したことによります。

 

あ、一番最初に目にする大王は南の島の大王ハメハメハかな、音楽の時間に。

 

4位

ビザンチン (国・文化・都市の名称)

ビザンティンとも、ビザンツとも、ビザンティウムとも。用法により呼び名は変わるが、カッコ良さは相変わらず。ローマ帝国が東西に分裂した後の東ローマ帝国のことをビザンツ帝国とも呼びますね。『東ローマ帝国』より断然『ビザンツ(Byzantine)帝国』でしょ、カッコ良さ的に。

やはりここでも、濁音と日本人には発音しがたそうな「ティン(tine)」がカッコ良さと重厚さをもって押し迫ってきます。「ビザン」の部分に関してはもう言わずもがな。ビザンチン帝国の首都の重厚な城壁を思わせるほどの荘厳さです。

都市としては、現在イスタンブールと呼ばれているトルコの都市の昔の名前で。ビザンツ帝国在りし日にはコンスタンティノープルと呼ばれておりました。

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赤丸ンとこやで。ここから東がアジアで西がヨーロッパ。

ビザンツ帝国と言うと厳めしいイメージがありますが、当時は単にローマ帝国と言っていたようです。ローマを有していないのにローマ帝国?とか突っ込んであげないようにくれぐれもお願いいたします。ローマを有していた西ローマ帝国が5世紀に滅んだのに対して、ビザンツ帝国こと、(東)ローマ帝国はその後1000年。何とか15世紀まで命脈を保ったのですから。なお、難攻不落を誇った首都コンスタンティノープルの城壁でしたが、扉の鍵の閉め忘れによって、帝国は滅びましたとさ。

 

現在はイスタンブールとその都市の名を変えておりますが、重厚な城壁は今なおその姿を残しておりますので、観光の際にはぜひ。

 

 

3位

カノッサの屈辱(事件名 11世紀)

一見、歴史的名称ではないように見えながら、「他のとは一味違うぜ」感がよろしい。ぱっと見では内容が分からない方が高得点です。その点「大塩平八郎の乱」等は失格です。「ああ、大塩平八郎が乱を起こしたんだな」とネタバレし過ぎです。歴史的名称ではないかもしれませんが、「ドーハの悲劇」などの名称も同じ理由で好きですね。

これと似たような「俺っちの名称は他のとは一味違うぜ」的なものは以下のようなものがあります。

一応、カノッサの屈辱に関して説明をすると、キリスト教文化圏における宗教のトップ「ローマ教皇」と、あまた諸侯を従える一国のトップ、神聖ローマ皇帝のどちらが上やねん。と言う長年の確執に対して神聖ローマ皇帝が「ワシが悪うおまんした、教皇はんすんません」と屈辱的な謝罪をカノッサでした事件です。ローマ教皇の優位性が示された事件、として学校で習うかもしれませんが、もう少し深く掘り下げるとちょっと違ったものが見えてきます。

 

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素足の皇帝

と言うのも、「許しておくれやす、ローマ教皇はん」と言った皇帝はこの数年後、「許さんでローマ教皇はん、ローマから出ていけ。て言うか、お前はもう教皇ちゃうからな」と、他の人をローマ教皇に立て(対立教皇と呼ばれます)、ローマ教皇が複数人いる事態ともなっております。カノッサの屈辱は、危機的状況に陥った皇帝の一時しのぎ的なものでありましたとさ。

 

2位

バルバロッサ作戦 (歴史的事件名 20世紀)

前回の記事の6位の物と多少かぶるのですが、第二次世界大戦におけるドイツのソビエト奇襲作戦の名称です。バルバロッサは神聖ローマ帝国皇帝(つまり、ドイツ皇帝)の赤ひげを意味するあだ名「バルバロッサ」からとられております。

このドイツvsソビエトの戦いは、1000万人以上の人間がぶつかり合う、その悲惨な内容に反し、純粋な少年の心を刺激する何か魔性のような名称のものがあります。例えば。

ちなみに、二次世界大戦における日本軍の作戦名にも、中にはこんなものがあります。

  • 大陸打通作戦(中国大陸にある連合国の航空基地に対する作戦)
  • 菊水作戦(沖縄救援作戦 大和特攻含む)
  • 捷一号作戦(レイテ沖海戦

などなど。

と、書いているうちに感傷的になってしまったので、その具体的内容については興味があればお調べくださいまし。

 

1位

神聖ローマ帝国(国名 10世紀)

神聖でもなければ、ローマでもなく、帝国ですら無いとも言われる神聖ローマ帝国。しかし、やはりその初見の時の衝撃度はすさまじいものでした。「○○帝国」ならいざ知らず、国名を「神聖」と「帝国」でサンドイッチするとは。

 

ちなみに英語では「Holy Roman Empire」だそうです。ホーリーナイト、いわゆる聖夜は性夜とも揶揄されますが、こちらのホーリーエンパイアーは、性帝国とは揶揄されない模様。良かったですね。

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カッコイイ双頭のワシだぞ

4位で挙げたビザンツ帝国もローマを有してない『(東)ローマ帝国』でしたが、神聖ローマ帝国も、後々にはローマを有しなくなり、現在のドイツを有する良く分からない帝国になりました。

 また、ちょっと意外かもしれませんが、神聖ローマ皇帝は選挙で選ばれておりました。と言っても、国民投票があったわけではなく、日本の江戸時代で言えば、特定の大名数名による投票で将軍を選ぶような形でした。

 

個人的には、不動の1位が神聖ローマ帝国ですが、他にもこんなおもろい国の名前があるで、と言うのを知っている方は教えてくださると嬉しいです。

他にもちょっと独特なもので言えば

  • 黒羊朝
  • 白羊朝

と言うペアルック的なものもありますが、カッコ良さでは太刀打ちできない模様。

 

番外編

12使徒(組織名)

皆さんご存知の、キリストの弟子。では、ありません。アイルランド(イギリスの西にある島の方の国)が組織した暗殺集団の呼称です。アイルランドは長年、イギリスに植民地されておりました。20世紀初頭、アイルランドはイギリスからの独立戦争を行いますが、その方法は基本的にテロ・ゲリラ戦でした。その中で、アイルランドはイギリスの要人暗殺を任務とした組織を立ち上げます。それが、この12使徒です。

後に名称は変更されますが、この響き。何とも言えませんね。

アイルランドの大きなテロのニュースを耳にしなくなっておよそ20年たちますが、さて。

 

 

では、秋の夜長にカメノセタロウでした。

 

『衆院選当落予想』というタイトルでこの記事を投稿しようと思い一応下書きを人に見せたらサムネで釣って浅いゴシップ文章を流してる詐欺YouTubeを見たような気持ちになったと言われました、本当にごめんなさい。

衆院選にむけて白熱する政治論争において、色んな人が其々の懇意にしている政党の事を時には真剣に時には笑顔で熱く語って下さるので、ああ、この人もあの人も私の事を同志だと思っているのだろうなという事を大変光栄に感じているみつまりですどうもこんばんは。

という事で、選挙があるそうですので当落予想しまーす。

と書いた手前もありますし、とりあえず選挙についてさあ調べましょう。と

go2senkyo.com


こちらのページを開いたのですが

民進党が希」まで読んだ所で突然・・・・私の視界は漆黒の闇に覆われました。

私は慌てふためき、必死に叫びました。

 

「お客様の中にお医者様はいらっしゃいませんか?お医者様はいらっしゃいませんか!」

 

はい、私は医者ですが?

あっ、お医者様ですか!良かった!実は乗客の方が・・・

待って、落ち着いて最後まで私の話を聞いて下さい。確かに私は医者です。ですが、基本的にそのような事態に直面した場合は名乗りを上げないように務めているんですよ。なぜだか分かりますか?分かりませんか、ではお応えしましょう。

私は医者です。しかしながら機内での急病を知った際に名乗りを上げない。なぜなら、機内での救命措置というのは乗客だけでなく医師にとっても非常にリスクの高いものなのです。これが何を意味するか分かりますか?分かりませんか、ではお応えしましょう。

まず、機内には十分な医療機器が揃っていない、その様な状況で状態悪化の原因を突き止める事は困難を極めます。たった一つの判断ミスが命取りなのです。

かつて志の高い医師が果敢にも名乗りを上げ治療を施したという実例を聞いた事があります。治療の甲斐も空しく、乗客は飛行中の機内で亡くなりました。はたして、その処置を施した医師はどうなったと思いますか?分かりませんか、ではお応えしましょう。

名乗りを上げた医師は、医療ミスで訴えられ莫大な慰謝料を請求されたのです。

危険性が極めて高い状態であるにもかかわらず、人命を優先し、果敢に取り組んだ姿勢に私は敬意を表します、ですが、二の舞は踏みたくありませんね、だから名乗りは上げないと決めてるんですよ。

こうして人の善意が踏み躙られる事により、助かるはずの命も助からない、それが現代社会の現実です。

 

え、何の話?全然当落予想関係ないじゃん!乗客も死んでるじゃん!最後まで話を聞いた私の時間を返せ!メイのバカ!もう知らない!!!

歩こう歩こう、私は元気。あなたは?

私?私は相変わらずよ、中学校の体育の授業中に跳び箱で突き指した事を理由にかれこれ30年休養してるわ。

ちょwwww

突き指で静養し過ぎわろたwwwwww

相変わらずすぎ大草原不可避wwwwwwwww

盛大にご自愛くださいwwwww

それな(ヒント︙縦読み

 

 


現場からは以上です。

はう〜恥ずかしがってる女の子が世界一可愛い〜〜!!

お久しぶりの登場になってしまいました。皆様お疲れ様です。よっぺぺ~いです。よーへいです。

 

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恥ずかしい男

 

ここ数ヶ月東北で仕事をしており、それが終わり東京に帰ってまいりました。

その仕事の最終日の飲み会では僕が酔いつぶれてしまい、社長二人に肩を担がれるという僕の人生史上で最高に豪華な介抱のされ方も経験しました。次の日謝った時には「いや~まいったよ、昨日君に顔射されちゃってさあ、覚えてないだろ?」と言われました。めちゃくちゃ良い社長ですね。もしかしたら本当にしたのかもしれません。そんなこんなで僕は東京に帰りました。

 

東京に帰ってきた僕は、今、無職です。

 

これは、無職の男が「はう~恥ずかしがってる女の子が世界一可愛い~~!!」って言ってる記事です。

 

「他にもっとやることあんじゃねーの?」「時間の浪費だよ?」と思う方もいるかもしれませんが、そう言うあなたの人生でも「こんなことやってる場合じゃないのになあ」と思いながら何かをした事があるかと思います。まあ、短めに言うと「イエーイ!今が楽しけりゃそれでいいじゃん!バイブスあげてこ~!」って感じです。

 

 

僕はもうアラサーです。

 

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世界史の中の去勢者達。

こんばんは、お久しぶりですカメノセタロウです。「3人でブログをしたら、1人が忙しくて記事を書けなくても、残り2人でフォローできるから良いね」と思っていましたが、忙しい2人を1人でフォローする事態になるとは思ってもいませんでした。その間、このブログを支えてくださった約1名の共同ブロガーには感謝するとともに去勢して謝罪したい気持ちで一杯です。

 

話しは打って変わって、私は中学高校生のころ「下半身は女で上半身は男の体型になりてぇなぁ」と思っていたことがあります。サンマに手足を生やしたような凹凸のない体型に憧れておったのですが、簡単に言えば下半身にある男性のシンボルをチョッキンしたいという仄かな願望がありました。単にチョッキンするだけで、性転換を伴わないので、『去勢』と呼ばれるものですが、猫などのペットや競馬に使われるサラブレッドなど動物に多く施されるあれですね。猫の場合は生殖・性の機能を無くすことを目的とし、馬の場合は気性を抑えたりする、その性の持つ特色を薄めるためにおこなわれるもの、と区分できますかね。

さて、今夜はそんな去勢をした・させられた、世界史の中の人物のお話し。

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宦官

皆さんも聞いたことがある・見たことがある単語ではないでしょうか。中国での存在が特に有名で、中国の影響を受けた朝鮮やベトナムなどアジア諸国でも見られました。他にも、古代ギリシャやローマ、イスラム諸国でも見られましたが、中国の影響を受けている日本では、なぜか宦官制度がありませんでした。島国摩訶不思議。

宦官は、去勢され子孫を作れないことから、自分の家門や子孫のための私利私欲を働くことなく、国家や主君に忠実に仕えることを期待されておりました。中国では紀元前から1900年代まで存在しており、時代によってその役割は異なりますが、皇帝の家僕・秘書・官僚と言った存在で、時に大きな権力を握り皇帝や帝国の運命さえも左右しました。

中国ではもともとは刑罰の一種として去勢され宦官となっておりましたが、後の時代には自ら去勢し宦官になる人も多くなりました。ちなみに、去勢の仕方は睾丸のみを摘出する場合と、生殖器全体を切除する場合がありました。ちなみに、当然のことですが、この去勢によって死亡する人もたくさんおりました。

著名な中国の宦官たち

司馬遷(紀元前145/135年? – 紀元前87/86年?)

中国を中心とした歴史書『史記』を書いた人物。東アジアの歴史を語るならこの人に足を向けては寝むれない。『史記』はその後2000年もの間、歴史書を書く際のお手本とされました。なお、去勢された直接的な原因は皇帝の意に沿わないことを発言したため。
皇帝「あやつは国を裏切った」
司馬遷「そのお方は国を裏切ってなどおりません!」
皇帝「うっせえ、ちんこもぎ取るぞ」
司馬遷「ぴぎゃー」
皇帝「めんごめんご、あいつ裏切ってなかったわ。めんごな」

とても簡単に言うと、そんなお話し。

蔡倫(50年? - 121年?)

『紙の発明者』として日本の教科書にも記載されている人物、だったが彼以前にも紙の存在が認められたので『紙を実用的に改良した人』と言うべき存在か。紙が文明の発展にどれほど大きく寄与したかは言うまでもない。ヨーロッパでは彼のような存在が現れなかったので、10世紀になっても紙が実用化されず、獣の皮に文字を書いておりました。

 

他にも大航海をした鄭和なども宦官でございます。しかし、中国の歴史で『宦官』と言えば『汚職し権力欲にまみれた、皇帝の周りで蠢く去勢された奴ら』的なイメージが強いですね。

 

去勢されたけど国を作ったお方。

去勢されると、当然生殖能力がなくなり、子孫を作ることができなくなります。しかし、そんな方でも権力を握り、自分の国を作り、後世に伝えた方もおります。

アーガー・モハンマド・シャー(1742年? - 1797年6月17日)

子供のころ敵対勢力に捕まり、去勢され、人質として連れ去られるも、その勢力が後継者争いで混乱している間に脱走し、地方で着々と力を蓄え、自分を去勢した勢力を打ち破り、現在のイランの地で皇帝に即位し、その後100年以上存在した帝国を築きました。

昔、イランの歴史の本を読んでいた時に非常に記憶に残った人なのですが、この人に関する伝記など良書を探しておるところなので、ご存知の方はご一報を。

なお、当然ながら子供を作ることができませんでしたので、2代目皇帝は、親戚の中から選びましたさ。豊臣秀吉システムですね。

 

芸術のために去勢されたかたたち。

「芸術のためなら、私、脱ぎます!」とか、どこかの誰かが言ってそうな言葉ですが、「芸術のためにお前去勢しとくわ」ってなことがおこなわれたことがありました。最盛期には、毎年数千人の年端も行かぬ男の子が去勢されておりました。時代は16世紀から19世紀のヨーロッパ、目的は男の子の声変りを防ぎ、高音域の歌声を得るためでした。

彼らはカストラートと呼ばれ、ヨーロッパのオペラ界にあって絶大な人気を得る者もおりました。彼の偉大な作曲家ベートーベンも少年時代に合唱団で高音域の美声を見込まれ、カストラートとなることを望まれておったとか。

著名なカストラートファリネッリを題材とした映画もありますので、おおらかな性表現に抵抗が無ければ、ぜひご覧くださいまし。

www.youtube.com

 

 

ところで、文中でも「去勢されたら当然生殖能力は無くなる・子孫は作れなくなる」と書きましたが、中国最後の王朝・清王朝に関する本をいくつか読んでいた時に「国が滅び、多くの宦官が皇帝のもとを離れ、市民としての生活をする中で、結婚をしたり子をもうける者もいた」様な記述を時々目にいたしました。あれ?

睾丸を完全に切除しなかったり、棒の部位のみを切除して宦官にする場合もあったのかな。ちょっとした謎でございます。

 

それでは、時々パイプカットを夢見るカメノセタロウでした。