ウスバカゲロウの思い出。
カメノセタロウはじめましたので、はじめましてカメノセタロウです。
今もなお鮮明に記憶に残っているものが、人それぞれにあると思う。
私の場合、ウスバカゲロウがその一つだ。
漢字で表現するなら、薄羽蜉蝣だろうか、中学生の感性を刺激しそうな字面である。
需要あるのか、お前・・・。
確か、その写真と文章を見たのは、小学校だったか中学校だったかの教科書。もしくはそれに類するもの、あるいはその他のなんらかの教育的な紙媒体、に属するものだったはずだ。写真は、夜の鉄橋の水銀灯らしきものに、白く乱舞する「ウスバカゲロウ」なる白い何かであった。そこに書かれた説明文が、幼心の私を強く揺さぶった。
ウスバカゲロウは時に大量発生し、道路に降り積もったその死骸のせいで、車がスリップすることもあります。
細かな記述は覚えていないが、大まかに言えばこのような内容であった。
見事な表現、と言わざるを得ない。
ワレワレハ、我々は。我々地球人は、時に馬鹿げたような、あまりにも大げさな、ありもしない、空前絶後の、あたかもなんちゃらな比喩を、する。
「山のように大きな~」
「海のように広い~」
「空を覆いつくすほどの~」
反省せねばなるまい。分かりやすさとリアリティに欠けるこのような比喩を。
見習わねばなるまい。
道路に降り積もった死骸で車をスリップさせる程度に大量発生した羽虫。
この簡潔にして、心揺さぶる比喩を。この文章以上に、「大量発生」の様子を簡潔に示せる表現がほかにあるだろうか?いや、きっとあるだろうが。
ただ、正直に告白しておくならば、当時の私の心を強く揺さぶったもっとも大きな要因は。
「ウスバカゲロウ」・・・?
「ウス」「バカ」「ゲロウ」・・・?
「(頭の)薄い」「馬鹿」な「(下郎ってことは)男」・・・?
この写真のどこかに、大量発生したハゲ馬鹿オヤジが・・・?
いや、いいのか?いいのか?教育の現場でそのような写真が!
きっと下着いっちょの腹の出た中年オヤジだろ?中年オヤジの中性脂肪で車がスリップとか目も当てられない現実がこの世にあるのか!いや、よしんば、そのような現実があったとしても、こんな人命軽視な表現が許されるのか。中年オヤジの命より、車がスリップすることのほうがメインなのか!
といった思考の展開を見せたからだ。
想像してほしい、寒空の下、延々と横たわり積み重なる中年ハゲオヤジを。
その思考が精神に与える負荷に耐えきれず、友人に
「この写真のどこにウスバカゲロウが・・・」
とヘルプを求め、それが羽虫の一種だと教えて貰い、窮地を脱したものだ。
それから数えきれないほどの春夏秋冬を、地形が変わり、はじめて町へやってきたコンビニの店主が夜逃げし跡地がマッサージ屋になるほどの長い時間を、夜空に瞬く星がすべて流れ星となって落ちてしまうほどの長い時間を経たが、今でも、私の脳裏には、夜の暗い鉄橋に折り重なり車をスリップさせる中年男性の風景が寒々と浮かび上がるのである。
ありませんでした。